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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)13115号 判決 1987年5月29日

原告 青木金属工業株式会社

右代表者代表取締役 青木善弘

右訴訟代理人弁護士 上村正二

同 石葉光信

同 石葉泰久

右訴訟復代理人弁護士 野口和俊

被告 森田玉男こと 金明玉

被告 株式会社トーポ

右代表者代表取締役 森田明環

右被告両名訴訟代理人弁護士 西坂信

右訴訟復代理人弁護士 北原雄二

右輔佐人弁理士 桑原稔

主文

一  被告金明玉は、原告に対し、別紙物件目録記載の実用新案権につき持分権二分の一の移転登録申請手続をせよ。

二  被告株式会社トーポは、別紙物件目録記載の実用新案権につき登録名義人抹消登録申請手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

主文と同旨

(予備的請求)

1 原告と被告らとの間において、原告が別紙物件目録記載の実用新案権につき通常実施権を有することを確認する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(主位的請求及び予備的請求について)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求)

1 被告らは、別紙物件目録記載の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の登録名義人である。

2 被告らが本件実用新案権につき、登録名義人となったのは、次の経緯によるものである。

(一) 本件実用新案権については、はじめ、原告が昭和四七年一一月一三日付でその登録出願(以下、「本件出願」という。)をした。

(二) ついで、原告は、昭和五〇年八月一四日その実用新案につき登録を受ける権利の一部を被告金に譲渡した。したがって、本件出願は、原告と被告金の共同出願となった。

(三) ところが、被告金は、本件実用新案登録を受ける権利の原告の持分につき同被告が譲受けたとして、昭和五一年九月二九日付で、本件実用新案の出願名義人変更届をし、その出願人を被告金単独名義にした。

(四) 被告金が出願人名義を単独にした事情は、次のとおりである。

(1) 被告金は、原告の従業員であった当時、電気回路を伴った三件の発明又は考案をし、それらに関する権利を原告に譲渡し、原告において出願手続をしたが、このうち一件につき、拒絶理由通知を受けたこともあって、原告は右各権利を被告金に譲渡することを約した。そこで、原告は、被告金に右各権利の譲渡に必要な譲渡証三通を交付した。右譲渡証は、原告の記名、押印のあるいわゆる白紙譲渡証であった。被告金は、右譲渡証三通のうち、二通は、その趣旨どおりに使用したが、一通は、その趣旨に反し、本件実用新案についての前記名義変更に使用した。

(2) その後、原告は、右経緯を知るところとなり、原告の代表者である青木善弘が、被告金に会い詰問したところ、同被告は、種々弁解していたが、結局、原告から交付を受けた白紙譲渡証の一枚を本件出願に流用したことを認め、同被告の出願人名義の一部を原告に再度譲渡することを原告と同被告間において合意し、同被告は、原告に対して、昭和五二年四月一六日付で、同被告の記名、押印のある譲渡証を交付した。

(3) しかしながら、一方で、被告金は、同年同月一〇日付で、同人の実兄が代表取締役に就任している被告株式会社トーポ(以下「被告トーポ」という。)に譲渡し、同年同月一五日付で、実用新案登録出願人名義変更届を了した。

このため、原告の昭和五二年四月一六日付出願人名義変更届は共願者の同意書添付なしとして、特許庁長官より不受理処分を受けた。

(五) その後、本件出願は、被告両名を権利者として登録された。

3 以上の事実からみて、次のいずれかの理由により、被告金は、原告に対して、本件実用新案権の持分権移転登録申請手続をする義務がある。

(一) 原告から被告金に対する、前記出願人名義の一部変更手続は、実体のないものである。

(二) 被告金は、原告に対して、昭和五二年四月一六日に本件出願に関する実用新案を受ける権利の一部を譲渡した。

4 右3(一)(二)いずれによっても被告トーポは、本件実用新案権の持分権抹消登録申請手続をする義務がある。

(予備的請求)

1 原告は、昭和三九年に輸送用器具及び部品の製造販売等を目的として設立された会社であり、金属加工業その他日用品、装飾品等の部品の製造販売をしている。

2 原告の代表者青木善弘と被告金とは、都立高校の同級生として古い付き合いがあったことから、被告金は、昭和四六年九月頃原告においてタバコの外装フレームを製造、販売することを青木に勧めるので、原告はこれを商品化することとしたが、これを機に、被告金が原告の従業員となることとなった。

3 被告金の原告における職務は、商品の企画、研究、開発をすることであって、特に、同被告が得意とした永久磁石を利用した製品化が中心であり、原告の社内や同被告の自宅を研究、開発の場としていた。もとより、被告金が必要としていた研究開発のための材料費、その他必要経費については、原告において、給与とは別個に支給していた。

4 前記のとおり、被告金がした本件考案は、原告の業務範囲に属し、かつ、同被告の職務に属するものであるから、原告は、本件実用新案権について、職務考案による通常実施権を有する。

二  請求の原因に対する被告らの認否

(主位的主張に対して)

1 請求の原因第1、2(一)、(二)、(三)、(四)(3)、(五)の事実は認める。

2 同2(四)(1)(2)、3及び4の事実は否認する。

(予備的主張に対して)

1 請求の原因1項の事実は認める。

2 同2、3項の事実は否認する。

3 同4項の主張は争う。

三  抗弁

被告金が、本件実用新案登録を受ける権利についての原告の持分につき、出願人名義変更手続をしたのは、原告の了承のうえでこれを行ったものである。

四  抗弁に対する原告の認否

被告の抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  先ず、主位的請求について、判断する。

主位的請求に関する請求の原因1、2(一)、(二)、(三)、(四)(3)、(五)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が、本件実用新案に関して登録を受ける権利を取得した経緯について検討する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

原告は、輸送用器具や部品の製造、販売等を業とする会社である。他方、被告金は、磁石を利用した製品の開発を得意としていた。

原告の代表者である青木善弘と被告金とは、都立高校の同級生であり、旧知の間柄であった。ところで、昭和四六年九月ころ、同被告が、タバコの外装フレームの製造、販売をするよう勧めたこともあって、原告はその商品化を試みたことがあった。

これが契機となり、翌昭和四七年一月から、被告金は、原告のために、種々の製品の研究、開発に従事するようになった。

被告金は、原告から、昭和四七年一月から四月までは毎月一五万円、同年五月から九月までは毎月二五万円(給料名義で五万円、その余は特許権等買取料名義)、同年一〇月以降は毎月概ね二〇万円(給料名義で概ね八万四〇〇〇円、その余は特許権等買取料名義)の支給を受け、この関係が昭和五一年七月まで続いた(但し、一部については、原告の子会社の株式会社応用技術研究所から支給されている。)。

この間、被告金は、原告の社内や同被告の自宅において、主として磁石を利用した考案品等を製作し、原告は、右の考案等につき、登録を受ける権利等を譲り受け、登録出願をしたうえで、製品化を行った。

このような権利は、昭和四七年一月二六日出願に係る考案(実願昭四七―一一一二八マッチ)に始まり、昭和四九年二月五日出願に係る意匠出願(意願昭四九―四一三二掛止具)に至るまで、本件考案を含めて、合計一五件存在した。

被告金が考案したものに、例えば、タバコの箱とマッチ箱を改良したもの、自動車等における盗難防止装置等があり、これらを原告が製造、販売したが、さほど、売れるというほどではなかった。

しかし、本件考案に係る止め具については、昭和五〇年ころから、大幅に販売量が伸びて、原告の主力製品となるに至った。

三  原告が、昭和五〇年八月一四日、本件実用新案につき登録を受ける権利の一部を被告金に譲渡し、したがって、本件出願は、原告と被告金の共同出願となったこと、また、被告金は、本件実用新案登録を受ける権利に係る原告の持分につき、昭和五一年九月二九日付で、本件出願の出願人名義変更届をなし、その出願人を被告金単独名義にしたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、被告金が出願人を単独名義にした前後の経緯について、以下検討していくことにする。

前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  被告金は、本件考案に係る止め具の販売が伸びたのを知って、原告に対して、支給額を増額するように求めたが、受け容れられるところとはならなかった。

しかし、本件実用新案について登録を受ける権利を両者の共有にするよう求めた点については、原告はこれを承諾することにした。

そこで、同被告は、自ら、本件考案に係る止め具を製造、販売しようとして、その準備を整えていった。被告金は、昭和五一年七月ころ、製造、販売の準備も整い、また、原告のため、製品を開発する意思もなくなったことから、原告との関係を終了させることとした。

2  ところで、昭和五一年八月ころ、原告が、被告金から譲受けて、登録出願した権利(実願昭四七―七二六六三自動車等における鎖錠装置)について、拒絶理由通知を受けた。原告は、右拒絶理由通知を社内で検討したが、被告金との関係を絶った後でもあり、拒絶理由の内容と当該考案の差異について、理解する者もおらず、商品化は到底不可能であろうと判断した。

そこで、原告は、被告金に、右拒絶理由通知を受けた自動車等における鎖錠装置に係る出願(実願昭四七―七二六六三)とこれに関連する出願である振動感知装置に係る出願(実願昭四七―七五六六〇)及び自動車等における盗難防止装置に係る出願(特願昭四七―六一四六七)につき登録を受ける権利を譲渡し、被告金において自由に利用させることにした。

3  しかして、原告代表者は、知合いの弁理士から譲渡証用紙を三通もらい、これに、原告の記名、押印をしたものを被告金に交付したが、その際盗難防止に関する三件の出願についてである旨を述べ、同被告もその趣旨を了解した。

ところが、被告金は、右譲渡証三通のうち、二通については、その趣旨どおりに使用し、被告金の名義に移転したが(実願昭四七―七二六六三、特願昭四七―六一四六七)、一通については、その趣旨に反して、本件考案についての前記名義変更に使用した。

4  昭和五二年二月ころにいたり、原告は、本件出願について、出願人名義が被告金に移転していることを知った。

原告代表者は、何回かにわたって、被告金に会って、詰問したところ、同被告は、当初は種々弁解していたが、結局、出願人の地位の一部を原告に再度譲渡する旨を申し述べて、昭和五二年四月一六日付で、同被告の記名、押印のある譲渡証を原告代表者に交付した。そこで、原告は、同日、名義変更届をした。

5  ところが、被告金は、同年同月一〇日付で、本件実用新案登録を受ける権利の一部を、同人の実兄が代表取締役をしている被告トーポに譲渡し、同年同月一五日付で、実用新案登録出願人名義変更届を了したので、原告のための前記名義変更届は、共願者の同意書の添付がないとして、特許庁長官より不受理処分を受けた(この事実は、当事者間に争いはない。)。

四1  被告金は、本人尋問において、原告代表者が被告金から譲渡証の交付を受けた昭和五二年四月一六日ころの状況について、次のように供述する。

即ち、被告金は、本件権利の一部につき、既に被告トーポに譲渡し、その旨名義変更届を提出していること、したがって、原告が自己のために、名義変更届をしても不受理処分を受ける結果になるだけであることを原告代表者に申し述べたところ、原告代表者は、原告の母親や会社の従業員に対する手前があり、形式的にでも、名義変更届を提出しさえすれば言い訳がたち、その結果不受理処分に終わっても構わないから、とにかく譲渡証を交付してもらいたいと懇願したので、同被告は、これに応じて、譲渡証を交付した、と供述している。しかしながら、不受理処分を受ける結果を知りながら、名義変更届をすることは、およそ意味のないことであるにも拘わらず、そのために、原告代表者が、被告金に対して、何度も懇願したというのは、いかにも不自然であって、この点に関する同被告の供述は、措信できない。

被告金から原告に譲渡証を交付したのは、ただ単に、形式上だけのものでなく、真実出願人名義を原告に戻すためのものであるとみるのが合理的であり、また、その理由としては、原告代表者が供述するように、被告金が、原告に無断で、出願人名義を移転してしまい、その事実を知った原告が同被告に名義を戻すよう強く要求したからであると解するのが、常識に沿っているといわざるをえない。

2  また、被告金は、本人尋問において、原告代表者から被告に交付された譲渡証の趣旨について、次のように供述する。

即ち、原告と被告金との間で、利益を折半するという合意がなされていたにも拘わらず、原告は、この約束を履行しなかった。被告金が、原告代表者に対して、利益に相当する金員として、月額金五〇万円を支払うように求めたところ、原告代表者は、右の金額は支払えないが、そのかわり、出願中の権利のうち、任意の三件を被告金に譲渡すると述べて、白紙譲渡証を同被告に手渡した。したがって、本件権利の一部の移転は、原告の意思に沿うものである、と供述する。

しかしながら、原告代表者尋問の結果によれば、昭和五〇年ころから、原告は本件考案に係る止め具の製造、販売を開始し、昭和五二年四月ころには、毎月平均四〇〇万円を超える売上を記録し、かなりの数が売れていたのであるから、自らの事業を中止する結果を意味する、本件権利の持分の譲渡を決定することは、余程の理由のない限り有り得ないものと考えられるところ、そのような事情はみあたらないこと、また、振動感知装置に係る考案は、原告が移転につき同意している他の二件の考案等(自動車等における鎖錠装置に係る考案、自動車等における盗難防止装置に係る発明)と較べ、考案の作用、効果等において類似しているのに対し、本件考案は、右二件の考案に比し、かなり異質であるので、原告が、本件考案につき、右二件の考案と同一の運命に服させる意思を持っていたとは考え難いこと、が認められる。

右認定事実によれば、被告金の前記供述は措信し難く、原告代表者が被告金に交付した譲渡証は、本件考案に関するものではなく、前記三2において認定した考案ないし発明に関するものと解するのが相当である。

五1  原告の被告金に対する請求

以上認定したとおり、原告から被告金に対する、出願人名義の一部変更の登録手続が、原告の意思に基づくものであるか否かはさておき、被告金と原告との間において、本件出願に関する実用新案を受ける権利の一部を返還する旨の合意がなされたことが明らかであり、右の合意は、実用新案権の設定の登録が先立ってなされた場合にあっては、実用新案権の移転をも約した趣旨に解するのが相当である。

したがって、原告は、被告金に対して、本件実用新案権の一部(持分権二分の一)につき、移転登録申請手続を求めることができるというべきである。

2  原告の被告トーポに対する請求

前記認定したとおり、原告から被告金に対する出願人名義変更の経緯(右名義変更は、本件考案以外の考案等に係る譲渡証を利用してなされたこと等)、被告金から原告に対する登録を受ける権利の一部についての返還の経緯(被告金は、原告代表者から譲渡証の流用について追求され口実に窮して返還する約束をしたこと等)、被告金から同トーポに対する出願人名義変更の経緯(同トーポに対する名義変更は、原告に返還するため必要な書類を交付したまさに前日に行われていること等)及び被告金と同トーポの関係に照らすと、被告金から同トーポに対する権利の譲渡は、原告のための出願人名義変更を妨害する目的でなされたものと解するのが相当である。

右認定の事実の下においては、被告金は、原告、被告金及び被告トーポ間の本件出願人名義変更について、すべて本人又は被告トーポの機関ないしは手足として行動しているものというべきである。そして、前示認定のとおり、被告金が本件出願に関する実用新案を受ける権利の一部を返還する合意をしたのは、その当時、出願人の名義がどのようになっていたかはさておき、被告金及び被告トーポが原告をして、そのような出願人ひいては、実用新案登録名義人としての地位を回復させようとの趣旨であると解されるから、被告トーポにとっても、右のとおり被告金が合意をしたことにより、原告に対し、その登録名義を回復させる義務が生じたものといわなければならない。

したがって、原告は、被告トーポに対して、本件実用新案権につき登録名義人抹消登録申請手続を求めることができるというべきである。

六  以上の次第であるから、原告の被告らに対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 富岡英次 裁判官飯村敏明は、転官のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 元木伸)

<以下省略>

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